声楽で一番大事なこと理解していますか?

声楽で一番大事な事!理解していますか?

みなさん、こんにちは!車田和寿です。

今日は、「声楽で一番大事な事、理解していますか?」という話をしていきましょう。

なんで今回この話をしようと思ったかと言うと、声楽を学んでいる人の多くが、ここをまだはっきりと理解していないと感じる事が多いからです。

じゃあ、声楽で一番大事な事って何なのか。

早速いきたいと思いますが、声楽で一番大事なのは、高いクオリティーです。

クオリティーには、もちろん音楽的なクオリティー、演技的なクオリティー、そして声のクオリティーと、複数のクオリティーがあります。

でも声楽においては、これらにおいてとにかく高いクオリティーというものが一番大事なんです。

なぜなら、その高いクオリティーこそが、その歌い手を本当の意味で他の歌手達と区別する特別な要素になるからです。


目次

競争の中で見失われやすいもの

このチャンネルを見ている人の中には、声楽を一生懸命勉強している人が沢山いると思います。

そういう人の多くは、学校の中とか、オーディションで常に人と競争する環境にいるはずです。

そうした競争の中で、自分が選ばれたり、選ばれなくて悔しい思いをしたり、いろんな経験をしていると思います。

じゃあ、どうして自分が選ばれなくて、他の人が選ばれるんでしょうか?

もちろん、誰が選ばれるかという点においては、現実的には選ぶ側の好みというものが相当強く影響します。最近では、実力以外の要素の影響を受ける事も確かにあります。

でも、やっぱりどんな場面であっても、高いクオリティーを持っている人が選ばれていきます。

今日はその中でも、特に「声にとって、どうしてクオリティーが大事なのか」という話をしていきましょう。


「難しい曲=凄い」になってしまう環境

これは僕がまだ日本にいる頃の経験なんですが、日本においては、クオリティーが意識される事って本当に少なかったです。

その原因は、みんな低いクオリティーの中で競争しているからです。

音大の受験生とか音大生というのは、もちろん一生懸命やっています。でも声のクオリティーという点においては、そこまで大きな違いはなく、一部の才能を除けば、ほとんどがどんぐりの背比べなんです。

いくら激しい競争をやっても、声のクオリティーという点では、まだまだなんです。これが現実です。

でも、そういう中でも激しい競争をやっていくとどうなるでしょうか。

目的が、「学内オーディションに勝つこと」「良い成績を取ること」になっていくんです。

そういう環境ですから、仕方ないですよね。

でも、声のクオリティーはみんな同じレベルです。

そうすると、どこで差をつけるかというと、「難しいアリアを通して歌えるか」とか、「人には出せない高音を出せるか」なんて事が、さも一番大事であるかのような価値観になってしまうんです。

僕が日本の音大生の頃、

「あの子、夜の女王歌ってるんだって」

なんて話になると、

「へー、すごいね」

なんて話になるわけです。

つまり、「人には出せない高い声が出るんだ、凄いね」という話なんです。


本当に大事なのは「クオリティー」

バリトンなんかだったら、4年生ぐらいになると、《仮面舞踏会》とか《ドン・カルロ》のアリアを卒業試験に向かって用意するんです。

すると、「すごいなあ」なんて周りはみんな思います。

だから、とにかくみんな難しい曲ばかりやりたがるんです。

これは僕が直接見たわけではないんですが、生徒から聞いた話では、愛好家の世界でも、「どれだけ難しいアリアを歌えるか」、そして「周りにそれを見せること」がものすごく大事だ、なんて事があるみたいです。

確かに、アマチュアの声楽コンクールでも、みんな難しいアリアばかり並んでいますよね。

だから、学生にしろ愛好家にしろ、「難しい曲を歌える事は凄いんだ」と、かなり多くの人が思っているのは確かだと思います。

でも、僕の正直な意見ですが、夜の女王が歌えたって、《仮面舞踏会》のアリアが歌えたって、そんなのは特に意味を成しません。

夜の女王が通して歌えたからと言って、その人が他の人より凄いとは、僕は全く思わないです。

なぜなら、大事なのはクオリティーだからです。

クオリティーがなかったら、いくら難しいアリアを歌ったって、それは評価の対象にはならないんです。現実には。


役には「相応しい声」が必要になる

《仮面舞踏会》のバリトンのアリアは難しいです。

でも、いくら歌えたからと言って、その人がちゃんとしたヴェルディ・バリトンの声で歌っていなかったら、その曲が表現したいものって全然表現できるようにならないんですよ。

声そのものが、そのアリアを歌うために相応しいクオリティーを持っている事が大事なんです。

夜の女王だって同じです。

もともと高い音が出るソプラノだったら、別に通して歌う事なんて難しくもないです。たまにテレビで子供だって歌っていますよね。あれと同じレベルの話です。

でも、それらは夜の女王に相応しいクオリティーではないんです。

夜の女王を舞台で演じようと思ったら、娘に「人を殺せ」と迫るぐらいの迫力がある、声のクオリティーが必要になるんです。

いくら高い声が出ても、か細い声だったら、クオリティーの面で足りないという事なんですよ。


高音も「出ればいい」わけではない

この前の動画では高い音の話をしましたが、そこでもクオリティーの話をしました。

高い音、確かに出れば良いと思います。

でも、ファ、ソ、ラと音が高くなるにつれて、ギリギリ喉を絞り出すような歌い方では、とても高いクオリティーとは言えません。

でも音楽大学とかでは、ファ、ソ、ラの、ラの音すらまだ出せないテノールも沢山います。

そんな環境だと、ラの音が出ただけでも「凄い」と思ってしまいがちなんです。

でも、それは見ている世界が小さいだけなんです。

《星は光りぬ》のアリアの最高音はラです。これはテノールにとって別に高い音ではないですよね。

でも、「出ればいい」というわけではない。

やっぱりそこには、張りがあって、深みがあって、力強さというクオリティーが求められるわけです。

それがあって初めて、カヴァラドッシの心が声で表現できるわけです。


クオリティーは時間をかけて育つ

僕は30代半ばになって、ようやくヴェルディの《ドン・カルロ》とか《椿姫》を歌いました。

もちろん仕事ですから、何度も舞台で歌いました。

でも正直、当時の僕はまだ準備ができていなかったと思っています。

今は、その頃には考えられなかったような、ヴェルディやヴェリズモのオペラも歌えるような声のクオリティーになってきました。

難しいと呼ばれる曲を歌うというのは、そのぐらい時間がかかるんです。

20代前半でドラマティックなアリアを歌うなんて、やっぱり速すぎます。

もちろん、教材としてレッスンでやるのはまた別です。

でもまずは、自分のクオリティーを高める事を目指して頑張って下さい。


本当の違いを生み出すもの

本当に高いクオリティーがある人が歌えば、トスティの簡単そうな歌曲だって、他とは全然違う事が誰にでも分かります。

コレッリやシエピが歌ったトスティを聴いてみて下さい。

一声で、「ああ、この人すごいんだ」って分かりますよね。

それがクオリティーです。

そして、それが本当の違いを生み出します。

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