自分に合った発声を見つける事が大事?
みなさん、こんにちは!車田和寿です。
今日は、「自分に合った発声を見つける事が大事なの?」という話をしていきましょう。
これまで声楽をやってきて、
「自分に合った発声法を見つける事が大事なんだ」
と思った事はないでしょうか?
実は僕も、今から10年ぐらい前までは、「自分に合った方法で歌う事が大事なんだよ」と思っていた時期がありました。
でも今は、そう思っていません。
なぜなら、過去の大歌手達の録音を聴いてみると、そこには確実に、より良い発声法と、そこまでではない発声法が存在する事に気が付いたからです。
やっぱり歌うんだったら、少しでも良い発声方法で歌いたいですよね。
それなのに、どうして「自分に合った発声方法を見つけろ」なんて意見が出てきたりするんでしょうか?
今日はそれについて話していきましょう。
「自分に合った発声」が大事だと思っていた頃
すでに言いましたが、僕は今から10年ぐらい前、本当に「発声というのは、自分に合った方法でやるのが大事だ」と思っていました。
その頃、僕はドイツの歌劇場で専属ソリストとして、まあ4年目ぐらいだったと思います。
年間多い時で70公演、少ない時でも毎年50公演をこなし、プロのオペラ歌手として生活するという事がどういう事か、十分経験を積んだ時期だったと思います。
じゃあ、どうして僕は、「発声は自分に合った方法を見つけるのが大事だ」と思っていたんでしょうか?
理由は簡単です。
それは僕自身が、
「自分の歌い方は、理想的なテクニックではないな」
という事に、心の中で気が付いていたからなんです。
大歌手と呼ばれる人は沢山います。
例えば、Enrico Caruso も、Dietrich Fischer-Dieskau も、Hermann Prey も、Elisabeth Schwarzkopf も、みんな大歌手ですが、発声法はそれぞれ違います。
大歌手だって、結構違う方法で歌っているのは、聴けば分かりますよね。
昔の大歌手達には「共通する技術」があった
ですが、もっとよく聴いていくと、例えば戦前から戦後の大歌手達――
Enrico Caruso、Beniamino Gigli、Aureliano Pertile、ドイツの Franz Völker、アメリカの Leonard Warren、スウェーデンの Jussi Björling など、60年頃までに活躍した歌手達の多くが、多少の差はあれ、基本的な部分ではみんな共通する発声法で歌っているんです。
60年代以前の歌手達を沢山聴いてみると、多くの歌手達が、共通の技術の上で歌っているのが分かります。
喉の位置がみんな下がっていて、どんな母音もそのポジションの上で発音されるので、レガートがとにかく綺麗です。
もちろん、国が変わって言葉が変われば、母音を作る口の中の形も変わります。
だから、イタリア人とドイツ人が全く同じというわけではありません。
でも、その基本的な部分――喉のポジションは共通していて、みんなそれを当たり前のようにやっているんです。
レコード時代以降に増えた「自己流」
でも、60年代以降、レコードが普及するようになると、いろんな歌い方の歌手が出てきました。
そしてその中には、歴史的な歌い方とは異なる自己流でスターになった歌手も増えていきました。
そしてレコードを通して、かなり大きな影響を後世に与えました。
僕は、自分の歌い方が、根本的に、自分が好きで聴いていた戦前の大歌手達とは違っているという事に、うすうす気が付いていました。
でも、それでも自分はドイツの歌劇場で歌うプロです。
ソリストなわけです。
もちろん僕自身、そこまで大きなキャリアを築いたわけではありません。
でも、日本人としてここまで来れる人はそう多くないという事も知っています。
だから、プロとしてのプライドもあったわけです。
でもその一方で、自分は本当に良い歌手達とは違う歌い方をしている、という事にも気が付いていました。
だから結局、
「自分は、自分に合った歌い方を見つけて、それで歌っているんだ」
「それでプロとして仕事ができるんだから、それでいいんだ」
と、ある意味、自分を正当化するために思い込ませていたわけです。
「自分に合った発声」は正当化に使われやすい
で、はっきり言ってしまいますが、
「自分に合った発声法」という言葉は、多くの場合、自分を正当化するための材料として使われます。
というのも、実際にその発声法が自分に合っているかどうかなんて、ほとんどの人には比べようがないのが現実なんです。
じゃあ、それをどうやって判断するんでしょうか?
発声法が合っているか、どうやって判断するの?
まず、自分にその発声法が合っているかどうか、どうやって判断するんでしょうか?
ほとんどの人は、まだ勉強中です。
勉強中の人というのは、残念ですが、まだその発声法が自分に合っているかどうかを判断できません。
というのも、発声技術を身に着けるプロセスというのは、長期的なプロセスだからです。
3年、5年と続けながら、だんだん身についてくるものなんです。
ある程度身について、舞台で歌えるようになって初めて、
「あれ?今の自分の発声法、おかしいかもしれない」
と気付けるようになります。
舞台で歌っていると、おかしい所があると嫌でも気づかされるからです。
でも、ほとんどの人は、その段階に至る前に判断しようとします。
そうなると、判断材料は、その時の自分の感覚だけになってしまいます。
でも、自分の感覚ほど当てにならないものはありません。
なぜなら、多くの場合、人はそれまで歌い慣れていた方法を「良い」と感じてしまうからです。
新しい発声は、最初は必ず違和感がある
例えば、今やっている方法に疑問を感じたので、
「試しに僕が言っている発声法でもやってみるか」
と思って試してみたとしましょう。
そうすると、多くの人は、
「なんだこれは。今までと全然違うし、体が思うように動かせなくて歌えない」
と思ってしまいます。
でも、これって当たり前なんです。
なぜなら、今までに使った事がない筋肉を使って、動かした事がない動きをやっているからです。
右利きの人は、左手で字を書いてみて下さい。
左手で箸を持ってみて下さい。
最初は、誰だってうまく操作できません。
新しい方法に取り組むというのは、こういう事なんです。
でもこの時、多くの人が、
「ああ、この方法はうまくできない。自分に合っていないんだ」
という判断をしてしまいます。
でもこれは判断でもなんでもありません。
ただ、不慣れな自分を許容できないだけなんです。
つまり、多くの場合、自分に発声が合っているかどうかの判断が、こうしたレベルで行われているという事になります。
本当に比較するなら、自分で試すしかない
そもそも、その発声が自分に合っているか判断するには、比較材料が必要ですよね。
例えば、
5年間今の発声を試した。
次の5年は別の方法を試した。
さらにその次の5年は別の発声で試した。
本来は、それぐらいやらないと比べようがないはずなんです。
だって、自分で本当に試さないで、どうしてそれが合っているか分かるんでしょうか?
でも、ほとんどの人はそこまでやりません。
実際には、他の方法にチャレンジしても、最初の印象だけで「合っている」「合っていない」を判断してしまいます。
でも、最初の印象がいかに役に立たないかというのは、さっき話した通りです。
人は、慣れている方を良いと思ってしまうからです。
良い発声法は、確実に存在する
最後になりますが、発声法には、確実により優れた方法と、そうでない方法があります。
それは、大歌手達を聴き比べてみれば分かります。
昔の大歌手達には、共通する方法があり、本当に当たり前のようにみんなその方法で歌っていました。
僕は、10年前の疑問から逃れられなくて、自分で試す事にしました。
そして試した結果、やっぱり良い方法の方が、声がどんどん良くなりました。
だから今は、
「自分に合った発声法」なんて便利な言葉はない
と思っています。
それは、ただ「より良い方法に出会わなかった」という事なんです。
もちろん、それでもプロとして一流の舞台に立って歌っている人も沢山います。
でも僕が言っているのは、自分のクオリティーを最大限に引き出すための話です。
自分のクオリティーを最大限に引き出して、前の自分よりもっと上手くなりたいんだったら、やっぱり、より良い発声法でやらないといけません。
もちろん、しばらくやってみて全然上達しないと思ったら、それは合わなかった方法である可能性は高くなります。
合わないと思ったら、さっさと変える勇気を持つ事も大事です。
でも、最初の印象だけで決められるものではないという事だけは、ぜひ気を付けて下さい。

